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鹿児島地方裁判所 平成8年(行ウ)10号 判決

原告

赤星秀一

被告

鹿児島県教育委員会

右代表者教育長

德田穰

右訴訟代理人弁護士

池田〓

主文

一  被告が、原告に対して、平成八年六月二四日付けでした「住用村市崎に係わるアマミノクロウサギ生息分布調査報告書」の非開示決定処分(鹿教文第二一五号)を取り消す。

二  右文書の開示を求める訴えを却下する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求

一  主文第一項同旨。

二  被告は、原告に対し、「住用村市崎に係わるアマミノクロウサギ生息分布調査報告書」を開示せよ。

第二  本案前の答弁(被告)

本件訴えをいずれも却下する。

第三  本件訴訟の理解に必要な限度で、鹿児島県情報公開条例(昭和六三年三月二八日鹿児島県条例第四号。以下「本条例」といい、特に断らないで条文のみを摘示するときは、本条例をさす。)の内容を示すと次のとおりである(当裁判所に顕著な事実)。

第一条(目的)

この条例は、県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとともに、県が実施する情報公開施策の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進することを目的とする。

第二条(定義)

この条例において「公文書等」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及びマイクロフィルムであって、決裁又は供覧の手続が終了し、当該実施機関が管理しているものをいう。

2 この条例において「公文書等の開示」とは、次章に定めるところにより、公文書等を閲覧に供し、又はその写しを交付することをいう。

3 この条例において「実施機関」とは、知事、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会及び内水面漁場管理委員会をいう。

第三条(解釈及び運用)

実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならない。

第七条(公文書等の開示の請求に対する決定等)

実施機関は、前条の請求書を受理したときは、その日から起算して一五日以内に、請求に係る公文書等を開示するかどうかの決定をしなければならない。

2 実施機関は、前項の決定をしたときは、速やかに、書面により当該決定の内容を前条の請求書を提出したもの(以下「請求者」という。)に通知しなければならない。

3 実施機関は、災害その他やむを得ない理由により、第一項に規定する期間内に同項の決定をすることができないときは、必要な限度においてその期間を延長することができる。この場合において、実施機関は、速やかに、書面により延長の期間及び理由を請求者に通知しなければならない。

4 実施機関は、公文書等を開示しない旨の決定(第九条の規定により開示の請求に係る公文書等の一部を開示しないこととする場合の当該開示しない旨の決定を含む。)をしたときは、第二項の書面に非開示の理由を記載しなければならない。

第八条(開示しないことができる公文書等)

実施機関は、開示の請求に係る公文書等に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書等の開示をしないことができる。

三号 法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

ア 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

イ 違法又は著しく不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある侵害から個人の財産又は生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの

六号 県又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部若しくは機関相互間又は県と国等との間における審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められるもの

八号 県又は国等が行う監査、検査、取締り、許可、認可、試験、入札、徴税、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの

第九条(公文書等の一部開示)

実施機関は、開示の請求に係る公文書等に、前条各号のいずれかに該当することにより開示しないことができる情報とそれ以外の情報とが併せて記録されている場合において、開示しないことができる情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に、かつ、当該請求の趣旨が損なわれない程度に分離することができるときは、開示しないことができる情報に係る部分を除いて、当該公文書等の開示をしなければならない。

第一二条(不服申立てがあった場合の手続)

実施機関は、第七条第一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)に基づく不服申立てがあった場合は、当該不服申立てが不適法であるときを除き、速やかに、鹿児島県公文書等開示審査会に諮問して、当該不服申立てに対する裁決又は決定をしなければならない。

第四  事案の概要(請求の原因。争いない事実)

一  当事者

原告は、五条一号にいう鹿児島県(以下「県」という。)の区域内に住所を有する個人であり、被告は二条三項にいう実施機関の一つである。

二  公文書開示の請求

原告は、被告に対し、六条に基づいて、平成八年六月一〇日付けで「住用村市崎に係わるアマミノクロウサギ生息分布調査報告書」(以下「本件文書」というが、これは、大島郡住用村(奄美大島〉市崎のアマミノクロウサギなどの生息状況を示す極めて重要な公文書である。)の開示を請求した(以下「本件開示請求」という。乙一)。

三  被告の決定(本件処分)

被告は、本件開示請求に対し、同月二四日付けで、八条三号、六号、八号の非開示事由に該当するとして、本件文書を開示しない旨の決定(以下「本件処分」という。乙二)をし、原告に通知した。

四  本件請求

本件は、原告から、被告に対し、本件文書は右各号の非開示事由には該当しないから、本件処分は違法であると主張して、その取消しと本件文書の開示を求める事案である。

第五  争点〈1〉・本案前の抗弁

一  被告の抗弁

本件各訴えは、次の理由で不適法である。

1  本条例に基づき、情報開示請求者の受ける利益は、公文書非公開原則の例外として県の公文書開示禁止の自発的な解除に伴う反射的利益にすぎず、法的権利とはいえないから、本件処分は、県民の権利義務に関するものとはいえず、行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分」に当たらない。

2  仮に、本条例に基づき、情報開示請求者の受ける利益が法的権利であるとしても、非開示決定を受けた者の具体的利益が侵害されていなければ、同人は、行政事件訴訟法九条の定める処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有さないところ、原告は環境問題に関する個人的関心で本件文書の開示請求をしている(乙一)のであるから、具体的利益は侵害されていない。

二  原告の反論

原告は、本件処分の名宛人であり(乙二)、本件処分により、情報開示請求権が侵害されているから原告適格がある。

第六  争点〈2〉・本件処分の適法性

一  被告の抗弁

1  本件文書提出の経緯

(一) 県は、平成四年三月三一日、事業者である岩崎産業株式会社(以下「事業者」という。)の大島郡住用村市崎におけるゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)開発計画について、「計画地内にアマミノクロウサギ及びルリカケス等の国指定の天然記念物の営巣地が見つかれば、現状変更することなく住用村教育委員会に届け出て協議すること」を遵守条件として土地利用協議を承認し、同年四月、右教育委員会の再調査により、右計画区域でアマミノクロウサギの糞が確認されたため、同年五月、右教育委員会、被告及び事業者の三者で協議し、事業者が自主的にアマミノクロウサギの生息分布調査を実施することになった。

事業者は平成五年四月から調査を開始し、同月一九日財団法人鹿児島県環境技術協会に調査を委託し、同協会は平成六年七月一五日、本件文書を完成して事業者に引き渡した。

(二) 環境庁も平成五年一二月から調査を開始し、平成七年一一月七日、環境庁の調査結果の公表をまって、事業者は、天然記念物の現状変更等許可申請の添付資料として本件文書を被告に提出し、それを受けて、被告は、平成八年三月二五日、県文化財保護審議会名勝・天然記念物部会を開催し、その審議を経て、文化財保護法八〇条、一〇三条に基づき、意見を具して文化庁長官に本件文書を含む関係書類を送付した。

2  八条三号該当性

本件文書は事業活動情報であるところ、事業者から、開発許可が下りるまでは非公開にすることを前提に提供されたものであり、事業者は非公開を望んでいるので、被告が事業者の承諾なく公開すると、事業者との関係を損ない、ひいては被告又は県の行政指導に対する協力も得られなくなるおそれがあるから、本件文書を開示することにより、同号にいう事業者の「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められる」。

3  同条六号該当性

本件文書は意思形成過程情報であって、本件文書に基づき、現在文化庁において審議中であるところ、これを開示すれば、一部の情報だけが拡大誇張して伝達され、全体としての正しい読み方を阻害される可能性があり、あるいは、いろいろな人から多種多様な意見が発表されて混乱が生じ、その結果、文化庁における公正かつ適切な審議、意思形成に支障を生じるおそれがあるから、同号にいう「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められる」。

4  同条八号該当性

本件文書は行政運営情報であるところ、文化財保護法八〇条一項の天然記念物の現状の変更又は保存に影響を及ぼす行為の許可に係る手続は国の機関委任事務であり、国は、これらの情報については公開しないので、同事務を遂行する過程で被告が取得した本件文書を開示すると多種多様な意見が出て混乱が予想され、当該事務事業の公正かつ円滑な執行に支障が生じるおそれがあり、また、国と県との間の信頼関係を損なうおそれがあり、今後の行政運営に重大な支障を生ずることもあるから、本件文書を開示することにより、同号にいう「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を生ずるおそれがあると認められる」。

5  著作権

(一) 本件文書は、本件ゴルフ場開発計画地域及び周辺地域におけるアマミノクロウサギその他の天然記念物の生息分布の実態を明らかにするため、アマミノクロウサギの土地利用とその変動、食性、糞の季節変化、生息個体数の推定について調査を実施し、右開発に当たって天然記念物等への配慮及び監視計画を含めた具体的方策について整理したもので、著作物(著作権法二条一項一号)に該当する。

(二) 本件文書は、事業者が八、九千万円をかけて、平成五年四月一九日財団法人鹿児島県環境技術協会に作成を依頼し、平成六年七月一五日に完成、引渡しを受けて、事業者が著作権を有する。

(三) 事業者は被告に対し、その著作権を理由に、本件文書の開示に反対している。

二  原告の認否・反論

1(一)  右1の(一)の事実のうち、本件文書が本件ゴルフ場開発行為に先だって進められた土地利用協議の結果、「計画地内にアマミノクロウサギ及びルリカケス等の国指定の天然記念物の営巣地が見つかれば、現状変更することなく住用村教育委員会に届け出て協議すること」を遵守条件とされたこと、及び事業者の委託に基づき、財団法人鹿児島県環境技術協会が調査し、同協会は平成六年七月、本件文書を完成したことは認める。

(二)  同(二)の事実中、事業者が文化財保護法八〇条による許可申請を行っていることを否認する。

本件文書は、土地利用協議に際して合意した遵守事項に基づいて提出された文書である。

2  右2の事実は否認。

本件文書は、本件ゴルフ場開発予定地内のアマミノクロウサギ等の生息分布などの学術的な調査報告書であり、事業活動情報でもなければ、これを開示することにより、事業者の競争上の地位その他正当な利益を害するものでもない。

3  右3及び4の事実は否認。

(一) 本件文書は、意思形成過程の判断の基礎資料にすぎないが、判断の基礎となる程度の資料の範囲は無限に拡大する可能性があるから、八条六号の意思形成過程情報に含ませるべきではない。

(二) 本件文書は、土地利用協議に際して合意した遵守事項に基づいて提出された文書であり、既に土地利用協議を経て意思形成がなされた後の承認行為に関連する文書であるから、意思形成「過程」情報に当たらない。

(三) 事業者は、文化庁長官に文化財保護法八〇条一項の許可申請をしていないから、本件文書は、県又は国の事務事業に係る意思形成過程において実施機関が取得した情報に当たらない。

(四) 公開された公文書が市民の間で議論され、評価されることは当然である。様々な視点から多数の市民によって検討され、よりよい評価が与えられていくものである。とりわけ、野生生物の生態は多数の調査や目撃例から判断されるべきこと、調査に対する科学的判断は、専門的意見が可能な限り提出され、論議されて可能になること、意見の食い違いも調査、実験などによって初めて調整されていくことから、アマミノクロウサギ等の生態という科学的判断を伴う内容については可能な限りの多くの意見を取り入れなければ、正しい読み方はできない。本件文書が開示されて多種多様な意見が出されることは文化財保護行政にとって前進となることはあっても、支障の要因となることはない。

(五) 被告の主張は、いずれも抽象的であり、公文書等を開示して市民に県政に関する情報を公開し、市民が自由に意見を表明することによって行政に民意を反映しようとする本条例が本来の目的とする事項を、本件文書の開示による「支障」と主張しているにすぎない。

4  右5の事実は否認。

(一) 本件文書は、調査報告書であって著作物とはいえない。

(二) 事業者は、本件文書を被告の利用に供することを前提として被告に提出したので、その処分権を失っている。

(三) 本件文書開示の公益性

本件ゴルフ場開発計画は、森林法、文化財保護法、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律に反する違法な開発であるところ、本件文書には、右違法性を明らかにする事実が記載されているのみならず、被告が本件文書の内容を敢えて誤って要約し、文化庁に報告している経過があり、また右調査内容に不十分な点があることにかんがみると、これが開示され、社会的な検討を加えられる価値は高い。

第七  証拠

本件記録中の書証目録のとおり。

理由

第一  争点〈1〉・本案前の抗弁について

一  本条例は、一条で、本条例の目的を「県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとともに、県が実施する情報公開施策の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進すること」と規定して実施機関が保有する公文書等の開示を求める県民の権利を設定することを明確にうたい、三条で、本条例の解釈及び運用について「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならない」と規定し、情報公開制度の基本理念である原則公開の立場を明らかにし、五条で、公文書等の開示を請求することができるもの(以下「開示請求権者」という。)として「県の区域内に住所を有する個人及び法人」等を規定し、六条で、公文書等の開示の請求方法について規定し、七条で、実施機関は、開示請求書を受理したときは、その日から起算して一五日以内に請求に係る公文書等を開示するかどうかの決定をし、書面により当該決定の内容を請求者に通知しなければならないとの公文書等の開示請求に対する決定等の手続を規定し、八条及び九条で、実施機関は、開示請求に係る公文書等に八条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、非開示理由を記載した書面により、当該公文書等の全部又は一部の開示をしない決定ができる旨規定し、同決定に不服がある者は、行政不服審査法に基づく不服申立てができることを前提に、一二条で、不服申立てがあった場合の手続について規定している。

このような本条例の規定を検討すると、本条例は、県民等に対し、どのような情報について、どのような要件のもとで、どのような手続で開示請求ができるか、不服のときはどういう手続をとるかを具体的に規定しているのであるから、具体的権利としての公文書等の開示を請求する権利(以下「公文書開示請求権」という。)を設定したものと解するのが相当である。

そもそも、「知る権利」は、憲法二一条一項の保障する「表現の自由」等の派生原理として導かれるものである(例えば、最高裁昭和四四年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁、同昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁、同平成元年一月三〇日第二小法廷決定・刑集四三巻一号一九頁、同平成元年三月八日大法廷判決・民集四三巻二号八九頁参照)が、その具体的中身を明確に定めた立法等がない限り、その内包・外延とも不明確であり、未だ抽象的な権利にすぎず、裁判規範としての具体的権利とはいえなかったが、右のとおり、本条例は、請求者が当該情報について具体的利害関係を有するか否かとは無関係に、公文書開示請求権の内容を具体的に設定して、その内包・外延を明確化し、県民等の「知る権利」を地方自治の場で実効あらしめるものとして、裁判規範としての性格を有する「公文書開示請求権」という具体的権利に結実させたものと解するのが相当である。

二  右のように、公文書開示請求権は、請求者が当該情報について具体的利害関係を有するかどうかとは無関係に定められた具体的権利である。

したがって、公文書開示請求に対して実施機関が行う七条一項の非開示の決定は、行政事件訴訟法三条所定の公権力の行使に当たる行為として「行政処分性」を有し、右決定によって公文書開示請求権を違法に侵害されたと主張する者は、それだけで右処分の取消しを求めるについて同法九条一項所定の「法律上の利益」を有し、同法三条二項所定の処分の取消しの訴えを提起することができる(原告適格がある)というべきである(最高裁平成六年一月二七日第一小法廷判決・民集四八巻一号五三頁は、右判断を当然の前提にしていると解される。)。

県が、昭和六三年九月、本条例の解釈、運用基準を中心としてとりまとめた「情報公開事務の手引」(以下「手引」という。)を作成し、刊行したことは当裁判所に顕著な事実であるが、その一九頁、二〇頁で、一定の「期間内に公文書等の開示をするかどうかの決定を行わず、しかも第三項による延長の通知も行わなかった場合は、実施機関は不作為の状態に陥り、請求者は、行政不服審査法に基づく不作為についての不服申立て及び行政事件訴訟法に基づく不作為の違法確認の訴えを提起することができる」といっていることからも、右判断は容易に理解できるであろう。

したがって、被告主張の本案前の抗弁は理由がない。

第二  本件文書提出の経緯とその内容

一  本件文書提出の経緯

当事者間に争いない事実に、乙二及び被告の主張を併せれば、本件文書提出の経緯は次のとおり認められる。

1  事業者の本件ゴルフ場開発計画に端を発して、同計画が実施されれば、同開発予定地及び周辺地域におけるアマミノクロウサギ等の天然記念物の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為に該当する(文化財保護法八〇条一項参照)ことから、県は、平成四年三月三一日、事業者に対し、「計画地内にアマミノクロウサギ及びルリカケス等の国指定の天然記念物の営巣地が見つかれば、現状変更することなく住用村教育委員会に届け出て協議すること」を遵守条件として土地利用協議を承認した。

2  同年四月、住用村教育委員会の再調査により計画区域でアマミノクロウサギの糞が確認されたため、同年五月、同教育委員会、被告及び事業者の三者で協議し、事業者が自主的にアマミノクロウサギの生息分布調査を実施することになった。

3  事業者は、文化財保護法八〇条一項の許可を得る判断資料とするため、平成五年四月からアマミノクロウサギ等の生息分布調査を開始し、同月一九日財団法人鹿児島県環境技術協会に同調査を委託し、同協会は平成六年七月一五日、本件文書を完成して事業者に引き渡した。

4  環境庁も平成五年一二月から同様の生息分布調査を開始し、平成七年一一月七日、環境庁の調査結果の公表をまって、事業者は、右許可申請の添付資料として本件文書を被告に提出し、被告は、それを受けて、平成八年三月二五日、県文化財保護審議会名勝・天然記念物部会を開催し、その審議を経て、同法八〇条、一〇三条に基づき、意見を具して文化庁長官に本件文書を含む関係書類を送付した。

二  本件文書の内容の概略

検証の結果によれば、本件文書の内容は、概略次のとおり認められる。

1  本件文書の構成等

(一) 本件文書は、「住用村市崎アマミノクロウサギ生息分布調査報告書」と題する八〇頁からなる文書である。

(二) 本件文書の目次は、次のとおりである。

第1章 調査の概要

1  調査の要旨、2 調査の内容、3 調査期間

第2章 調査の目的および進め方

1  調査に至る経緯および調査の目的、2 調査の計画およびその進め方、3 調査検討委員会

第3章 調査結果

Ⅰ 哺乳類調査

1  調査方法等

(1) 調査期日

(2) 調査地域

(3) 調査方法

〈1〉 アマミノクロウサギ、A 糞塊の調査、B 糞粒調査、C 食痕の記録、D その他の痕跡、E 周辺地域調査

〈2〉 その他の哺乳類

2  調査結果

(1) 計画地内および隣接地域におけるクロウサギの糞の分布、(2)マーキング調査結果、(3)糞粒調査結果、(4)餌植物について、(5)周辺調査結果、(6)その他のフィールドサインについて

Ⅱ 鳥類調査

1  調査方法等 (1)調査期日、(2)調査地域、(3)調査内容

2  調査結果

Ⅲ 植物調査

1  調査方法等 (1)調査期日 植生 植物相、(2)調査地域 植生 植物相、(3)調査内容 植生 植物相

2  調査結果 植生 植物相

第4章 考察および保全対策

1  哺乳類調査 (1)アマミノクロウサギの土地利用とその変動、(2)食性について、(3)糞粒の季節変化、(4)生息個体数の推定、(5)まとめ

2  鳥類調査 (1)鳥類相、(2)天・種鳥類の生息状況、(3)その他の貴重種の生息状況、(4)まとめ

3  植物調査 (1)計画地の植生、(2)分布上注目される種、(3)保護上重要な種、(4)まとめ

4  保全対策(工事等に伴う配慮事項および監視計画) (1)動物への配慮事項 工事中・供用時、(2)植物への配慮事項、(3)工事中および供用時の監視計画

2 本件文書の内容

本件文書には、本件ゴルフ場開発計画の計画地及びその周辺地域において、財団法人鹿児島県環境技術協会が実施した国指定の特別天然記念物アマミノクロウサギ等の生息分布調査の記録結果及び右調査結果から考察されるアマミノクロウサギ等の保全対策等が記録されている。

第三  争点2・本件処分の適法性(被告の抗弁)について

一  本件処分における非開示理由

1  非開示の理由記載制度の趣旨と記載の程度

【要旨二】本条例は、実施機関が公文書等について非開示の決定をしたときは、同決定書に非開示の理由を記載することを要求している(七条四項)が、その趣旨は、本条例が「県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにすることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進することを目的と」し(一条)、「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用する」(三条)と定めていることに照らすと、実施機関が非開示理由の有無について慎重に判断し、公正妥当な態度を担保して恣意的な判断をするのを抑制するとともに、非開示理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えるためのものと解される(最高裁昭和三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁、同平成四年一二月一〇日第一小法廷判決・集民一六六号七七三頁参照)。

したがって、非開示決定の場合、その実体的要件事実(非開示要件に該当する要件事実)が具備されていることはもちろん、非開示決定書に同事実を記載することが必要であると解するのが相当である。もちろん、八条が非開示制度をもうけている趣旨にかんがみると、当該公文書を公開したのと同様の結果になる程度に個別的、具体的事由を記載することまでは要求していないことも当然であるから、非開示決定書には、非開示事由を定めた同条の何号に該当するかを記載し、さらに、非開示の実体的要件が具備されていることを推認させるに足りる程度の具体的事実(ただし、当該公文書の種類、性質、該当号の文言等とあいまって非開示の実体的要件が具備されていることを推認できる場合を除く。)を記載すべきものと解される。

そうとすれば、この理由記載の制度は、本条例の定めた公文書開示制度の根幹にかかわる開示請求者の手続保障を規定したものと解されるから、その手続的瑕疵が大きければ、公文書開示制度自体の信用、信頼を揺るがせることになるというべきであり、それだけで取消原因とされるべきものである。

2  本件処分における非開示理由の記載

〔証拠略〕によれば、被告は、本件処分において、本件文書の非開示理由を、次のとおり記載していることが認められる。

(一) 八条三号(事業活動情報)に該当

[本件文書を開示することにより、事業者の正当な利益を害する恐れがあると認められる。]

(二) 八条六号(意思形成過程情報)に該当

[本件文書は、国の許可等に係る意思形成過程において、被告が取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種事務事業に係る意思形成に支障が生ずる恐れがあると認められる。]

(三) 八条八号(行政運営情報)に該当

[本件文書は国が行う許可等に関する情報であり、開示することにより、国との信頼関係又は協力関係が損なわれるなど当該事務事業又は将来の同種事務事業の円滑な執行に支障が生ずる恐れがあると認められる。]

3  本件訴訟における非開示理由の具体的主張

右2の(一)、(二)の記載内容は、ほとんど八条三号、六号の文言をなぞっている(しかも、右各号の文言にはない「恐れ」を付加し、本条例の規定する非開示の実体的要件を緩和した表現になっている。)だけであって、本件文書の種類、性質等を併せ考慮しても、原告において非開示理由の当否を判断し難いのではないかとの思いを禁じ難く、右1の説示に照らすと、理由記載制度の趣旨に反しているのではないかとの疑問がある。ただし、被告は、本件訴訟において、事実欄第六の一の2ないし4のとおり主張を敷衍し、具体的な主張を展開するので、右の疑問はさておき、以下順次検討する。

二  本件文書と八条三号(事業活動情報)該当性

1  同号の趣旨

手引(三一頁、三二頁)は、

(一) 同号の趣旨を、「法人その他の団体及び事業を営む個人の事業活動の自由その他正当な利益を尊重し、保護する観点から、開示することにより、事業を行うものの競争上の地位、その他正当な利益を害することになるような情報は、開示しないことができることを定めたものである。なお、現代社会において、法人等は大きな社会的存在となっており、その活動が社会に及ぼす影響も大きく社会的責任が求められていることから、公益上の必要がある場合等ただし書に当たるものについては、開示することとした」

(二) 「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」とは、

(1) 法人等の保有する生産技術上又は販売・営業上の情報であって、開示することにより、当該法人等の事業活動が損なわれると認められるもの

(2) 経営方針、経理、労務管理等事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報であって、開示することにより、法人等の事業運営が損なわれると認められるもの

(3) その他開示することにより、法人等の名誉、社会的評価、社会的活動の自由等が損なわれると認められるもの

と解説しているが、適切である。

2  本件文書は事業活動情報か

第二の認定によれば、【要旨一】本件文書は、事業者の本件ゴルフ場開発計画に端を発して、同計画が実施されれば、同開発予定地及び周辺地域におけるアマミノクロウサギ等の天然記念物の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為に該当することから、事業者は、文化財保護法八〇条一項所定の許可を得る判断資料とするため、財団法人鹿児島県環境技術協会にアマミノクロウサギ等の生息分布調査を委託し、同協会が、完成して事業者に引き渡したものであるから、事業者の右開発に関する事業活動情報であり、八条三号にいう事業者の「当該事業に関する情報」であると認められる。

3  本件文書の開示が、事業者の「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められる」か

(一) 被告は、本件文書は、開発許可が下りるまでは非公開にすることを前提に事業者から提供されたものであり、事業者は非公開を望んでいると主張する。

(二) しかしながら、被告の右主張事実は、右1の(一)の趣旨に照らし、同(二)の(1)ないし(3)のどれかに該当するとは認め難い。

というのは、これを肯定すれば、事業者が公開を望まない同号所定の公文書等は一切開示されないことになるから、公文書開示当否の決定権を事業者の意思に委ねるに等しく、本条例が県民に公文書開示請求権を認めた趣旨に反するのみならず、本件文書の作成の経緯及び前記内容によれば、本件文書は、他ならぬ事業者自身の本件ゴルフ場開発事業による侵害からアマミノクロウサギ等の天然記念物の保存という環境保護の法益(公益)を保護することを当然の前提にしたものと推認される(原告も、本件文書の開示により実現しようとする利益を、右環境保護の法益(公益)と主張している。)から、本件ゴルフ場開発事業に関する限り、本件文書を開示することによって、事業者の「競争上の地位その他正当な利益を害する」とは認め難いからである。

(三) まとめ

そうとすれば、本件文書が八条三号の非開示文書に該当するとの被告の抗弁は採用できない。

三  本件文書と八条六号(意思形成過程情報)該当性

1  同号の趣旨

手引(三九頁、四〇頁)は、

(一) 同号の趣旨を、「県又は国等の事務事業に係る意思形成が公正かつ円滑に行われることを確保する観点から、開示することにより、県又は国等の事務事業に係る意思形成に支障を生ずると認められる情報は、開示しないことができることを定めたものである。行政内部の審議等に関する情報の中には、それぞれ決裁又は供覧等の手続は終了しているものの、行政としての最終的な意思決定までの一段階であるため、開示することにより、県民に誤解や混乱を生ずるものや、行政内部の自由な意見交換が阻害され、公正かつ円滑な意思形成に支障を生ずるものがある。また、最終的な意思決定に至った後においても、その過程における情報を開示することにより、将来の同種の審議等に支障を生ずる場合があることから、本条例は、これらの情報については、開示しないことができることとしたものである」

(二) 「事務事業に係る意思形成過程」とは、事務事業における個別の事案については、決裁等の手続が終了しているが、当該事務事業の最終的な意思決定が終了していない段階をいい、「審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報」とは、県又は県と国等との間において実施している事務事業の最終的な意思決定が終了するまでの間に行う行政内部の審議、検討、調査研究等に関する情報のほか、会議、打合せ、意見交換、相談、文書等による照会、回答等において作成し、又は取得した情報をいう

(三) 「意思形成に支障を生ずると認められるもの」とは、おおむね、

(1) 行政内部で検討中の案件又は精度の不十分な資料等で、開示することにより県民に誤解を与えたり、又は無用の混乱を招くおそれのある情報

(2) 事務事業の企画、検討等のために収集した資料等で、開示することにより、今後の企画、検討等に必要な資料が得られなくなるおそれのある情報

(3) 統一的に公にする必要のある事業計画、検討案等で、開示することにより、特定のものに不当な利益を与えるおそれのある情報

(4) 行政内部の各種会議、意見交換等の記録で、開示することにより、自由な意見交換又は情報の交換が妨げられるおそれのある情報

(5) その他開示することにより、当該事務事業又は同種の事務事業の意思形成に支障を生ずるおそれのある情報と解説しているが、適切である。

2  本件文書は意思形成過程情報か

(一) 第二の認定によれば、本件文書は、事業者の本件ゴルフ場開発計画が実施されれば、同開発予定地及び周辺地域におけるアマミノクロウサギ等の天然記念物の保存に影響を及ぼす行為に該当することから、事業者は、文化財保護法八〇条一項所定の許可を得る判断資料とするため、同項に基づく許可申請手続の添付資料として本件文書を被告に提出したものであるところ、それを受けて、被告は、県文化財保護審議会名勝・天然記念物部会を開催し、その審議を経て、同法八〇条、一〇三条に基づき、意見を具して文化庁長官に本件文書を含む関係書類を送付したのである。

(二) そうとすれば、未だ、本件ゴルフ場開発予定地の開発に係る同法八〇条一項にいう天然記念物の現状変更又は保存に影響を及ぼす行為について、文化庁長官又はその権限の委任を受けた県教育委員会(被告)が許可を与えるかどうかの意思形成過程にあると解されるから、【要旨一】本件文書は、県又は国等が行う右許可に関する意思形成過程にある情報であり、八条六号にいう「県又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部における審議、調査研究その他これらに類するものに関して実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するものと解される。

3  本件文書の開示により、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る「意思形成に支障を生ずると認められる」か

(一) 被告は、現在文化庁において本件文書を審議中であり、開示することにより、一部の情報だけが拡大誇張して伝達され、全体としての正しい読み方を阻害される可能性があり、あるいは、いろいろな人から多種多様な意見が発表されて混乱が生じ、その結果、公正かつ適切な審議、意思形成に支障を生じるおそれがあると主張する。

(二) しかしながら、本件文書が開示され、一部の情報だけが拡大誇張して伝達されることがあったとしても、本件文書を直接検討しうる立場にある所轄行政庁が、その「正しい読み方」を阻害されうるとは一般に考えにくいし、本件文書の前記内容にかんがみれば、これが開示され、本件ゴルフ場開発予定地及び周辺地域でのアマミノクロウサギ等天然記念物の生息分布の実態調査等に関して、多くの研究者が科学的・学術的見地から多種多様な意見を述べ、検証を加えることは、所轄行政庁が天然記念物の現状の変更又は保存に影響を及ぼす行為の許可の事務を行うに当たって、より科学的な認識に到達することに資するというべきである。

被告主張の意図するところが、本件ゴルフ場開発に反対するグループ等により、本件文書のうち一部の情報だけが誇張して伝達・宣伝され、その偏った情報により世論が誤導されるとの趣旨であれば、本件文書を開示し、その情報の公正で客観的な伝達を可能にすることこそ、そのような事態の発生を防止する最良の方策であるというべきである。

(三) まとめ

そうとすれば、本件文書を開示することが、文化財保護法八〇条一項に基づく天然記念物の現状の変更又は保存に影響を及ぼす行為についての許可関係の事務事業若しくは同種の事務事業に係る「意思形成に支障を生ずると認められる」と解するのは困難であるから、本件文書が八条六号の非開示文書に該当するとの被告の抗弁は採用できない。

四  本件文書と八条八号(行政運営情報)該当性

1  本件文書は行政運営情報か

右三の2の認定によれば、【要旨一】本件文書は、県又は国等が行う文化財保護法八〇条一項に基づく天然記念物の現状の変更又は保存に影響を及ぼす行為についての許可に関する意思形成過程情報に該当するのであるから、意思形成がされた後にそれを執行する過程において、公開から生じる支障を防止するための規定である八条八号にいう「県又は国等が行う許可その他の事務事業に関する情報」に該当するものとは解し難い。このことは、手引(四四頁)が、同号の趣旨を、「県又は国等が行う事務事業の目的を達成し、又は事務事業の公正若しくは円滑な執行を確保する観点から、開示することにより、これらに支障の生ずるおそれのある情報は開示しないことができることを定めたものである」と解説していることからも、理解できるであろう。

そうとすれば、その余の点について判断するまでもなく、本件文書が八条八号の非開示文書に該当するとの被告の抗弁は採用できない。

2  仮に、本件文書が同号該当の文書と解する余地があるとしても、開示により、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある」か

(一) 被告は、本件文書は国の機関委任事務を遂行する過程で被告が取得した情報であるが、国はこれらの情報については公開しないので、これを開示すると国と県との間の信頼関係を損なうおそれがあり、今後の行政運営に重大な支障を生ずることがあると主張する。

(二) しかしながら、【要旨一】文化財保護法は、天然記念物の現状等の調査、開発行為によってもたらされる当該天然記念物の現状の変更又はその保存に与える影響の予測が極めて学術的な事項であることを予定している(同法八四条の二第二項一三号、八四条の三参照)から、その情報が一般に公開され、科学的見地からの多様な議論・検証が行われることは、現状変更等に係る許可の意思形成に当たり、より科学的な認識に到達する方途の一つとして歓迎されるべきものと解される。したがって、本件文書が開示され、その内容につき、いろいろな人から多種多様な意見が発表されるということは、それが学術的な意見である限り、国と県との間の信頼関係を損なうおそれがあると認めるのは困難である。

確かに、県の機関が、国の機関委任事務を遂行する過程で取得した情報について、国が公開しないにもかかわらず勝手に開示すれば、国との間の信頼関係を損なうおそれのある場合があることもありえよう。しかし、他方で、機関委任事務に関して主務大臣等から開示してはならない旨の明示の指示がある情報が非開示事由に該当することは、八条一号が独立に規定していることに照らすと、明示の指示もなく、ただ国が公開していない種類の情報であることだけをもって、その開示が常に国との間の信頼関係を損なうおそれがあり、その結果、文化財保護法八〇条一項に基づく許可関係の事務事業又は同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるとまでは、通常の経験上認めることはできないし、また、本件において、それを認めるに足りる証拠もない。

(三) まとめ

そうとすれば、本件文書を開示することが、文化財保護法八〇条一項に基づく許可関係の事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を生ずるおそれがあるとするのは困難であるから、本件文書が八条八号の非開示文書に該当するとの被告の抗弁は採用できない。

五  著作権侵害の抗弁について

1  被告は、本件文書が著作物であって、事業者が著作権を有するところ、事業者は被告に対し、その著作権を理由に、本件文書の開示に反対している旨主張するが、右一の2の認定によれば、被告は、本件処分の非開示理由では著作権については一切触れていなかったことが認められる(乙二)。

2  結論

右一の1で説示した【要旨二】非開示の理由記載制度の趣旨に照らすと、非開示決定の理由において一切触れていなかった事由を、訴訟において新たな非開示理由として主張すること(処分事由の追加)は、七条四項定めた手続保障規定の趣旨を没却させるものとして許されないと解される。

したがって、著作権侵害の抗弁は主張自体失当である。

六  取消請求についての結論

以上によれば、被告の抗弁はいずれも理由がなく、本件処分は違法であるから、その取消請求は認容されるべきである(主文第一項関係)。

第四  開示を求める訴えについての結論

一  原告は、本件処分の取消請求のほかに、本件文書の開示をも訴えている。

ところで、行政庁は、三権分立の原則という憲法上の要請から行政処分について第一次判断権を有する(行政庁の第一次判断権留保の原則。これについては、最高裁平成五年二月一六日第三小法廷判決・民集四七巻二号四七三頁、特に四七八頁参照)ところ、本件処分の取消判決が確定すれば、その効果として、本件処分は処分時に遡って効力を失い、本件処分が行われなかった状態になるから(行政処分の遡及的失効。取消判決の形成力)、被告は、本件開示請求に対して、未だ判断(本件文書の開示か非開示かの決断)をしていない状態に立ち戻ることになり、改めて、第一次判断権に基づき、八条又は九条に従って、本件文書を開示するか非開示とするかの決断を迫られることになる。

そこで、被告が、本件処分理由とは異なる理由により(本件処分のときの理由と実質同一の理由による処分は、判決の既判力により許されない。)、非開示決定をし、原告がその結論に納得できなければ、原告は、改めて、その非開示決定の当否を巡って行政事件訴訟を提起することを、憲法及び行政事件訴訟法は予定しているのであって、かかる事後的救済方法では原告に回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情がない限り、司法機関である裁判所が本件文書の開示請求を認容することは、行政庁の第一次判断権を侵害するから、訴えの利益がないものとして許されないと解される。換言すれば、右特段の事情についての主張立証がない限り、本件文書の開示を求める訴えは、訴えの利益を欠き、不適法というべきである(最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決・民集二六巻九号一七四六頁参照)ところ、原告は、右特段の事情について主張しないし、これを認めるに足りる証拠もない。

二  よって、本件文書の開示を求める訴えは訴えの利益を欠く不適法なものであるから却下する(主文第二項関係)。

(裁判長裁判官 簑田孝行 裁判官 山本由利子 冨田敦史)

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